◆武蔵野市 郡山里子様 抜粋にて

     お父様の葬儀の直後に人前に出て頂き、さらに「親という存在」をテーマにしてトークなんて、前田さんも まあくさんも、
     第3回の開催ありがとうございました。お話の途中にあった、「亡くなった後も想念で繋がっている」という信頼関係のお陰様で、
     このタイミングでの実現が可能になったんですね。

     それと、家族の大黒柱を引き受けているという誇りも感じました。弟さんの教育費をずっと支払われたとか、
     お父様を勘当して(?!)受け入れたとか、ものすごく大変だったと思います。また、お父様の病気に対して手を尽くしたとのことですが、
     C型肝炎、ガン20ヶ所、脳梗塞、狭心症に立ち向かって、余命3カ月のところを10年に引き延ばしたなんて、すごすぎます。
     常に真剣勝負で向き合ってきたから、お互いに頑張ったという自負が、余裕につながっていると感じました。

     それには、私が一生かかっても辿りつかないような、強い精神力や柔軟性が必要だと思いました。
     でも、それだけでもダメなんだという点が、今回、特に勉強になったことです。やはり愛情・優しさ、ですね。
     でも前田家の愛情・優しさは、普通とは違うと感じました。「愛情」「優しさ」など、言葉の定義なんて、もともとあるものでも、
     教わるものでもなく、自分で掴み取っていくものだと感じました。第3回を終えて、それは、「親」・「子」という言葉に対しても
     言えることだと思うようになりました。

     恐縮ながら私は、前田さんのお姿を拝見したのは、石井さんの回の後半でゲスト出演なさったときが初めてでした。そして、今回が
     2回目です。予習せずに参加したうえにそんなことを言って、本当にすみません。甘いマスクで壮絶なバックグラウンドを語られ、
     私にとっては「え……?」と、茫然とするエピソードばかり。でも同時に、どのエピソードも愛情をストレートにやり取りしている様子が
     印象的でした。

     在日3世さんということも、今回、初めて知りました。儒教的な生活の基盤として、「出掛ける前には、おじいさんに、どこに行くか
     伝えて、帰ってきてからも報告する。タバコは、『吸ってよい』と言われるまで待つ。1才でも年上なら敬語」「親が決めた人と結婚して、
     家業を継いで生活する。春はワラビ取り、秋は……という人がいっぱいいる」「ちゃんと、親の顔を見て返事をする」など、厳粛な毎日が
     あることを知りました。私の父も、そんな感じですが、私は飛び出してしまっています。

     また、子供の頃、いけないことをすると、お母様は呉竹のハタキで前田さんをぶった、とのことでした。“悪いことはいけません”と
     体の痛みで教える厳しいやり方ですね。ただ、大人になってから、呉竹のハタキを見たら体が条件反射してしまった、というエピソードは
     笑ってしまいました。うちの実家にもありますが、確かに、あれでぶたれると痛いです(ってゆうか危ないです)。

     一方、お父様についてのお話として、近所にいた宗教団体の支部長に、たびたび勧誘されても取り合わなかったものの、子供たちに何か
     悪いことが起こると言われ、「バット持ってこい」と。「? はい」と渡すと、……ワー、キャー、ドンガラガッシャーン……で、
     10日間、帰って来なかった、というエピソードがあるとのこと。前田さんは楽しくおっしゃったので笑いが起こりましたが、
     私は茫然としてしまいました。その暴れん坊ぶりは、我が子を「守るため」。でも普通、そこまでする……? 
     前田さんは以前、上九一色村で「子供を返せ」と言っている親御さんをテレビで見て、「あれがうちの父親だったら、オウム真理教は
     壊滅してると思った」と おっしゃったので、そこはもう笑ってしまいましたが、でも、それほどの強い「情」を持ってるということですね。
     トコトン体当たり。

     そんなこんなで、前田さんが中学生のときに、ご両親が離婚なさることになったという話になりました。……えっ?(←また茫然。
     そんなこと、あっていいの?)驚きの展開のままトークは進み、裁判で、お父様か、お母様かの、どちらに行くかを決めなければならない
     という話をされました(え……? 日本の中学生で、裁判を経験?)。そこで前田さんは、「家族がバラバラになるくらいなら、
     どこかの養子になりたい」と思ったとおっしゃって、ハッとしました。「家族がバラバラで暮らすくらいなら」……。

     私は、中学生の前田くんに「家族は一緒に住むもんだ」と言われた気がしました。前田さんは、小学校3年生くらいのエピソードで、
     旋盤工場などの工場地帯に住んでいたとき、上の階の床が下がってきている(え……? それも茫然)とかで家にも居られない、
     という話もしていて、それに、お母さんはハタキでぶつし、お父さんは暴れる。それでも、「家族全員で暮らしたい!」というのは、
     前田さんが、ご両親の愛情をちゃんと受け取れていたということだと気が付きました。体当たりのご両親と、素直な前田君に感動しました。

     前田さんとお父さんは、これで支え合いながら生活して……と思ったら、さらに色んなことがあって、ひと月、三月と経っても、
     お父様が家に戻って来ない。高校1年生の終わりから、アルバイトを始めざるを得なくなったとのこと。えっ……? まだあるの?
     親戚のおじさんから、「お父さんには、韓国に女房・子供がいる」と聞かされたとのこと……ショック。
     よくグレたり鬱になったりなどしなかったと思います。もうこのころから、精神力が相当、鍛えられていたんですね……。
     でもさすがの前田さんもこのときに「親とはいえ、自分の人生を振り回されて!」と思ったとのことで、無理もないと感じました。

     当のお父様もこのころ、「昔は15歳で元服やから、お前も自立せえ」とかおっしゃったそうで、前田さんは「めちゃくちゃや」とツッコミを
     入れて会場を沸かせていましたが、笑いごとではありません。まあくさんが「笑って話せるというのは、その後の人生がいかに充実していたか
     ということ」とおっしゃったので、そこで救われた気がしました。私も、途中からそう思いながら聞いていたので、やっぱりそうなんだなぁ、
     とホッとしました。

     そして格闘の世界に入られてから、お父様がテレビで前田さんの雄姿を見て、二人でまた一緒に住むことになったというお話になり、
     よかったなぁ、と思いま……あのぅ、その前に。テレビに出られるということは、たぶん、↑この段落の前に、数ページ分くらいの努力や、
     活躍があったんだと思うんですが、ひとっこともおっしゃらなかったところに、また茫然としました。

     同様に、まあくさんが前田さんを褒めようとすると、決まって前田さんはそれを蹴散らしたり無視なさったりしました。奥ゆかしくて
     照れ屋さんな、そうゆうお人柄も、成功へのカギだったんだろうと思います。それは、最初に話してくださった、儒教的な生活の基盤が
     当たり前になっているところからくるように感じました。厳粛さに反発などせずに、キチンと身に付けていて、本当に偉いと思います。

     その、お父様との再会の前に、お母様に関するエピソードも、話してくださいました。お母様は「あなたのために15年間、我慢してきた」
     と涙ながらに語られ、前田さんが心を痛めていたところ、お母様は一回り年下の男性と懇意にしていた、とのことで、「ハナシ違うじゃん!」
     と憤りを感じたという内容……。それは、信頼している人に裏切られたようで、身を切られるように辛かったでしょう。

     そして後日、試合の後に、前田さんがファンの方々にサインなどしていると、お客さんの中からお母様が近寄ってきたのに対して、
     前田さんは「どの面下げて!」と、お母様を突っぱねたとのこと。私は、“仕方ないな”と思ってしまいました。別にお母様は前田さんを
     裏切った訳ではないのだけれど、前田さんは突き放されたように感じてしまっていただろうから、怒っていて当然と思ったんです。
     まあくさん始め、会場からはブーイングが起きていましたが。

     すると、お母様は、建物の9階から飛び降りてしまったとのことで、私はまた、驚きを通り越して茫然としてしまいました。今はご存命
     とのことなので安心ですが、お母様はそこまでショックだったんですね。今度はお母様のほうが、前田さんに裏切られたようで、絶望的に
     なってしまった。なんて凄まじくてストレートなんでしょう。お母様も体当たり。
     前田さんが駆けつけたとき、お母様は一時仮死状態。前田さん、どんなに辛かったでしょう。もう本当に、私には全く想像もできません。

     ただ、前田さんは、お母様のエピソードとして、「ハタキでぶった」とか、「自分の前で涙を流してたのに年下の男の子と仲良くしていた」
     とか、ワザとイメージが悪くなるような話をなさってる気がしました。それは、お母様のことが大好きだということへの照れ隠しではない
     でしょうか。ヒーローがファンに囲まれているときに、「母ちゃん!」だとバツが悪いと考え、試合後の迫力のまんま、強く追い返して
     しまったようにも思えます。だって、まあくさんが「ひどーい!」「それは前田が悪いっ」と何度もおっしゃってる間中、前田さんは
     ニコニコ「ふふん♪」という表情をなさっていて、説明なさいませんでしたから。大事に至っていたかもしれないので、気の小さい人なら、
     ここで必死に言い訳をするはずです。「母ちゃんが帰ってきた」、このことは、前田さんとお母様との絆を、よりいっそう強くした出来事
     だったのだろうと感じました。

     そして、お父様との再会の話に戻ります。前田さんが和解をしにお父様のところに行ったところ、部屋には小学校4年生だという男の子が
     一緒にいたそうで、お父様は、その子のことを「お前のファンや」と紹介したということでした。でも、ずっと居るので、「もう遅いから
     帰したほうがいいんじゃ……?」とお父様に言うと、「実は、韓国で母親が亡くなって、可愛そうやから引き取った」との返事。
     よくよく聞くと……
	お父様 :「お前の弟や」
	前田さん:「ええっ?! どーすんねん!」
	父様 :「…でも俺の子かどうか、自信が無い…」
	前田さん:「……。また変な言い訳しとる」
	お父様 :「あなたの弟なんです」←敬語
	前田さん:「親子なんだから、普通に話せ」
	お父様 :「いいえ、昔、あなたにした仕打ちは…」
	前田さん:「いいから。もう、やめろ」
     ということでした。えーーーっ!……。前田さんの話し方が面白いのでコントみたいでしたが、そんなのアリ?! と、また思いました。
     ビックリを通り越して、茫然としてしまいました。だって100回以上お父様を拒絶して、その上で受け入れようと気持ちを切り替えて
     足を運んだらこの展開って、……あっていいんでしょうか?

     でも前田さんは余裕の表情で、「そのうち、また『韓国に家、買うてくれ』」とか言い出して、俺の逆鱗に触れて……その繰り返し^^」
     とおっしゃって、全く重苦しい雰囲気にはなりませんでした。そして、このときの笑顔も、最高でした。
    “ああ、前田さんは、お父様を赦してるんだ”と、感じました。とても尊敬します。

     この話の前に まあくさんがチラッとおっしゃってた「急にできた弟」って、こうゆうことだったんですね。冒頭でも言いましたが、
     前田さんは弟さんの教育費を出したそうで、本当に偉いですね。でも、弟さんが「サッカーやりたい」とおっしゃるのに対して、
     前田さんが「何? これからはコンピューターだ!」と却下すると、弟さんは「コンピューターやります」と渋々その通りになさった
     とのことで、ちょっとかわいそうでした。ただ、前田さんは「俺に逆らったら殺されると思ってるから」、と笑ってらっしゃいましたが、
     実際に弟さんはコンピューターで成功なさっているとのことで、さすが前田さん、先見の明がありますね。

     一方、ご自分の息子さんに対しては、「元気よく」を心がけていらっしゃるそうで、確かに、大事なことだと思います。手を上げることが
     あっても、「2回、注意する。それでだめなら、ガツン」だそうで、呉竹の“悪いことはいけません”方式も、ルールを作ってバージョン
     アップですね。また、ベッドの上でピョンピョンするのを捕まえていてあげるとのことで、微笑ましく感じました。でもそれは、瞬発力が
     養えるようにと、生活の中で、体を使って感覚を覚える機会を作っていらっしゃるということで、スポーツマンらしいなと思いました。

     そして質問コーナーの1番目、「この二人の子供で良かったと思うことは?」という質問に対して、前田さんは「基本的に、二人とも優しい」
     と即答なさってたので、驚きました。今回は、凄まじい話がほとんどで、直接的に「優しい」と感じるエピソードは無かったように思うので
     「えっ、優しい?」と思ってしまいましたが、どれも前田さんを想う気持ちが基になっているので、前田さんは素直にそれを感じ取っていて、
     やっぱり偉いと思いました。「子どもとして」とか、「お兄さんとして」とかの、家族の中での役割としてではなく、「人として」、
     どの局面でも正面から向き合ってきたからこそ感じ取れるものなんだな、と思いました。

     質問コーナーの2番目、「『THE OUTSIDER』に集まる若い人たちに、どう接しているか」という質問に対しては、幾つもお答えください
     ました。「試合に負けても、気持ちが折れないように声を掛ける」、でも逆に「余計には褒めない」など、指導者としてメンタル面での
     ケアに気を配っていらっしゃるのが分かりました。中でも、「思ったことを、そのまま、そこで、言ってあげる」というのは、反射神経
     というか、身体能力の基礎があるからできるのかな、と思いました。後で言うと「なんか考えてきたんだナー」って思わせちゃいます。
     言葉を投げかけるだけにしても、日ごろの鍛錬が必要なんですね。それから、「やろうとしていることを、認めてあげる」ってゆうのは、
     いい先生だなあと思いました。あと、「顔を見る」というのは、親子関係と一緒ですね。

     最後に、「のびのび放任主義なんて言うけど、きちんと向き合わないなんて、大人として、無責任。それで何かあると警察に任せるなんて、
     そうゆう措置のどこに愛情がある?」とおっしゃっていたのが印象に残っています。姿月さんも石井さんもそうでしたが、前田さんも、
     親御さんから愛情をたっぷり受け継いでるから、それが当たり前で、他の人にも自然に愛情を注ぐことができるんだなあと感じました。

     ただ、前田さんのお話は、激しいほどの愛情のぶつかり合いばかりだったので、ここまでプライベートなことをお話しいただいて、いいのか
     な、と思いました。隣にまあくさんがいらっしゃったから、この内容を聞けたのかもしれません。まあくさんへの眼差しが、終始とっても
     優しかったです^−^。お二人とも、ありがとうございました。